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2006年08月26日

●よもやま話「前橋藩・松平家文書・苗ケ島の湯」

 現在の赤城温泉に関する記載が、前橋藩・松平家の古文書に載っている。
 元禄2年(1689年)7月25日の日付なり。東宮平右衛門が、この地で温泉営業を始めた年である。酒井雅楽頭様が領内総検地の為、苗ヶ島の金剛寺を本陣とし一泊した。その時の苗ヶ島村の名主が東宮平右衛門であり、その折り、温泉営業を願い出、許されるのである。
 しかし、三夜沢の赤城神社側から、温泉場は三夜沢の神社が管理する場所である、との訴えが出される…。その辺の事が書かれている。この問題は、後に入り会い紛争に発展していき、四年後に幕府の裁定が下される迄続く。(御絵図廻し・幕府裁定書)
一 苗ヶ嶋之内湯在之由年々    
   入候者茂多罷成候由左候者
   苗ヶ嶋村之者二申付小屋二而も
   為掛可然候只今者三夜沢之湯と
   申候由所者苗ヶ嶋二紛無之旨
   左候ハゝ以来申分も可有之問
   苗ヶ嶋二相究可指置候
     「覚、元禄二年七月廿五日、松平内記とのへ、大河内二
      右エ門とのへ」

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