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2006年03月02日

●よもやま話「学童疎開児童からの便り」

 3月1日、私のパソコンに土屋栄一さんと言う方からメールが届いていました。「本日、3月1日の午後6時半頃、NHK番組の中で、私が撮ったメジロと桜の映像が載ると・・・」。ちょうど、その時間直前に帰宅しパソコンを開きましたので、すぐにテレビのスイッチを入れ映像を見ました。そこには、情報提供者の土屋さんの名が画面に出ていました。
 土屋さんは学童疎開児童として、敗戦直前、苗ケ島町の金剛寺に東京都王子第一小学校から疎開して来ていた一人でした。その中の数人の方々とは、今でも交流を続けております。偶然の事ですが、私の娘が昨年の夏、王子の公団アパートに引っ越しました。奇遇と言うか、眼下に王子小学校が・・・。
 もうじき金剛寺のしだれ桜が咲くでしょう。その桜の木の下に、当時の王子第一小学校長の句碑が有ります。号を「杜牛」と称し、地区有志との交流の足跡を偲ばせております。
 そうそう、子供達は、近所の農家の手伝いにも出ていたそうです。麦踏み作業の途中、B29が太田を爆撃・・・子供達は太田方面の空ばかり眺めていて麦踏みを放ったらかしたため、春先、麦に影響が出た・・・なんて話を祖母がしておりました。大人も一緒に見てたのでは?

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【当時の写真と土屋少年が祖父宛に出したハガキ】

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【句碑】

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コメント

「今も変わらぬ下手な字」 土屋です。
御連絡頂き「赤城南麓交流村」のブログを見ました。
私の事が紹介されていて、有り難く過ぎし日の事を懐かしく想い出しました。確かに本宅の前の畑で麦ふみをしている時に空襲があり太田の中島製作所が爆撃されていたのを見ていた記憶があります。
お嬢さんが王子にお住まいとか旧王子第一尋常小学校が見えるのもご縁と言うことでしょうか。
NHKの番組に私の写真が放映されると家族親戚に電話したものですから 見た見たすごい! と電話の応対に忙しくも楽しい一時を過ごしました。
愛子様もお元気のご様子で何よりです。色々お世話になりました。又お邪魔させて頂きますのでその時は宜しくお願い申し上げます。 栄一

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