●よもやま話「餅屋」
苗ヶ島町に「餅屋」と言う屋号の家がある。昔、湯の沢(現赤城温泉)で餅屋をやっていたのでその名が付いたと…伝えられている。
今もあるんですか??ネーガシマ(苗ケ島)にその家(うち)は??…ありますよ!!「もちや」・「もちや」と今でもその屋号で呼ばれています。この事、書いて良いか了解の電話を入れたら、今でもその方が通りが良いと、「もちやの広ちゃん」が電話口の向こうで言っていました。但し、現在は餅屋で無く「造園業」を生業としています。
明治2年6月 「勢多郡苗ケ島村湯之沢温泉中店商い品目取極め状」なる証文が、東宮惇允家に残されています。
取極一札之事
一 苗ヶ島村之内字湯之沢、地借中店善九郎商売之儀ニ付、
地主東宮平左衛門方江及相談候得共、談事行届兼、
左之加印之者、善九郎より相頼地主方へ商筋可申入与
存候処、則加判之ョリ御取締前原与次兵衛様迄、内々
伺之上差図得、立入種々談判致候処、商筋相定熟談仕
候、為後日取極左ニ
中店定 餅屋定
一 酒 一 餅
一 煮さかな 一 鮓
一 うとん 一 梨子
一 茶漬け 一 つけ揚
一 わらし 一 栗
一 つけ揚 〆五品
一 煮染物 定書
〆 八品
豆腐屋定 前書之通り、御取締様御内意以祖定、・
一 豆腐 仰・・・・・
一 油揚 奉・・・・(文章略す)・
一 つけ揚 然・・・・・
一 菓子
一 蒟蒻 但シ煮売 明治二巳巳年六月日
一 唐茄子 同断
〆六品 二之宮村餅屋
店子
茂三郎
苗ケ島村豆腐
店子
市平
同
地借
善九郎
大分簡略して書かせて貰いましたが、「餅屋」の先祖は二之宮村の茂三郎さんと言う方みたいですね。明治2年当時は二之宮村に住んでいたらしい事が分かります。さて商い品目の「鮓」と言う字??分かりますか??「すし」と言う字だそうです、知りませんでした。餅や寿司を売っていたんですね!!
さて、豆腐屋の市平さんちですが…その子孫の一人が苗ヶ島で食い物やをやっているんですよ!!…どこんち何んでしょうかね??
ウッ・フッ・フゥ???? 多分、子孫も知らない筈…137年も経つと知ってる人は、誰れも居ねえんですかね…。
餅屋んちもまさか、苗ヶ島で最初の寿司屋を開店していたとは…オシャカ様でも知らね事があるんですね…。