●よもやま話「田鶏(ティエン・チー)??」
今から50年位前の話…。筆者、宮城小学校在学当時の出来事…です。
弁当の時間…まだ、給食なんてなもんはありませんでした。但し、粉ミルクだけは出た様な記憶が…アリマスデス。我が家は養鶏農家の走り…何千羽も飼っていました、鶏を。当然、来る日も来る日も、弁当のおかずは「卵焼き」!喰うのも、見るのも吐き気がするくらい嫌だった!!。「今なら、親の気持ち分かっただろうに…」。
隣の席に座っている、弥源治の深沢君は毎日・毎日・同じおかず。それが、とっても旨そうなんだ〜、喰いテーよ〜。毎日・毎日・彼に、弁当、取りかえっこすべー…って声を掛けるんだが、返事はダメ・だめ・ダメ・駄目だっつう返事ばかり。でも奴は、俺の弁当を恨めしそーに見ている。ゆだれがタレそうに…、俺も奴の弁当を見ていると、ユダレがタラタラっと…本当なんだっつうば!!
ある日、深沢が、とうみや…本当に、この弁当くいて〜んきゃああ、っと言った。その時の嬉しさ…何んと表現して良いか、心の中で、小躍りして喜んだ記憶が、未だ鮮明に残って居る。毎日…毎日、お互いの弁当を取っ替えて喰った。その、旨かった事、筆舌し難し。今で言う、マグロの醤油煮の缶詰の味に近いかも…。1週間以上喰った憶えがある、それ以上かも??
ある日、深沢が、とうみや、おめえ、それが、そんなに好ききゃー?と…。こんなにウンメーもん、無かんべーっつと言ったら、じゃあ、今度、沼へ採りに連れてグ…っつと。???ただし、しれー(白)、液を出すから、それに触ると毒だと!!??!!少し、頭の中が??何んだい…ガマガエルさー、沼にやぁあ、いっくらでも居る…。ゲェ…ッ!!それっからは、その弁当、見るのも嫌に…しかし、俺のおかずは何時までも、深沢の弁当箱に…。俺も、自分のおかずは、見るのも嫌何んで!!。
そうそう、中国ではカエルの事を「田圃のにわとり」と言うそうです。カエルの肉は鶏肉の様なので…淡泊な白身の肉。今なら、食べられますデス…幼少の頃の懐かしき思い出。