●よもやま話「赤城升形遺跡(千本桜周辺)」
平成18年3月21日の朝日新聞・文化総合欄のページに「旧石器考古学と芹沢長介氏」(日本列島の歴史を追い続けた)との死亡追悼記事が載っていました。その記事の中で、日本で初めて旧石器を発見した相沢忠洋さんと笠懸の岩宿遺跡に立つ芹沢先生の写真が貼付されていました。まさに、芹沢先生こそ相沢さんを世に認めさせた方であります。
その相沢さんが発掘を指揮したのがこの「升形遺跡」であります。(宮城村史の285ページに詳しく掲載されています。)
発掘は岩宿遺跡が発掘されて間もない昭和26年9月に、群馬大学・尾崎研究室の協力を得て行われています。そして、岩宿遺跡の石器グループと別の石器グループの存在が判明と・・・。
発見の端緒は苗ケ島と粕川出身の仲良し高校生、二人によってと漏れ聞いています。当時の考古学好きの高校生も一人は鬼籍に、一人は未だ健在であります。
あっ!そうですね、場所は千本桜入り口の反対側、国道353号線を渡った下の駐車場の一番南、道路反対側に白い文化財の標柱が杉林の中にあります。駐車場を含めたその一帯が遺跡であります。
筆者が子供の頃、今の千本桜野球場のグラウンド(千本桜まつりの期間は駐車場であります)の辺り一帯は、刑務所の畑で、冬の木枯らしの吹いた後、畑の周辺を歩くと赤土に染まって乾燥された「白い石器の破片」が顔を出していました。